文芸社とかいうヤ〇ザ企業に対しましての見解

DEATHPITALの商標権を取ってから、

文芸社に書面にて、

2015年(平成27年)に質問をしてみた。

そのいきさつである。

 

おいらは文芸社と仕事したことねーし、

無断で人様の屋号使って書いたヤツも出版社も何だこいつ。

 

内容は老人不要論、つまり昔ナチスがやったT4作戦賛美のような

クソ優生学をもったアホな内容であった。

これは人間として許せる内容ではないわな。

 

何を勝手に人のサイトのイメージ作ろうとしてんだ?

このナチ公みてーな価値観のキ×ガ×共は。

ってなことで書面で抗議したった。

 

うちの親父のtwitter

(今はおいらが使ってるやつ)に昔に記したものを

当ブログにも記しておきますよー

 

大きいのはこっちで→ 1枚目

 

さーてどんな回答がくるかな?   

オラ、ワクワクしてきたぞ。(・ω・)

 

 

ファッ!?

 

 

大きいのはこっちで→ 2枚目

 

文責って書いてあるので、これは社会通念上

電話番号も責任者名も伏せません(ゝω・)v

 

そもそも商標権には区分があって、

おいらはインターネット上の動画と書籍と演劇の区分はおさえてある。

書籍区分ではDEATHPITALもデスピタルも国内で

おいら以外使用できないわけ。

次、ウェブサイトの区分は音楽CDとも異なる。はてさてはてさて。

 

そんなこともわからんのか。これが法律なんですが。。

文責の小林くんは反社なのかな?反社なのかな?

フロント企業なのかなー? 

つーか、何でおいらに執着してんの?

まー、こういうクソ共が営業妨害しとるわけよ。(・ω・)yー

 

ということで、くれぐれもおいらやDEATHPITAL.COMと

文芸社のうんこ本とは関係ない旨は言っておこう。

 

そうそう

 

Movieparkとかいうドイツのネオナチのワキ×っぽい

アトラクションとも一切の契約もないし

そもそもが、おいらパスポートすらもってねーわけ。残念でしたああああー! 

バーーカ!! あとメタルバンドでもねーよバーカ!!

 

そもそもおいらは杉原千畝を昔から尊敬してんだよ。( ・ω・ )

 

はたまたトラックに5回ぐらい轢かれたへルシャーク矢野みたいな

関東のホストクラブのキモイマンとも完全に別人です。

なんかドイツと同時期に埋め立て要員としてネット上に出現したらしいが、

 

人生で一度も水商売したことねーわけよ、おいらはね。

とくに女の人はご注意下さい。なんか被害あったらアカンと思うので。

 

てなことでうちのサイトは日本から桐山哉明がお送りするDEATHPITAL.COMである。

イラストレーターが長年やってるイラストサイトである。んだけ

ただFLASHが滅した今、スマホじゃ見にくい。そこ狙われたのかもね。

 

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*DEATHPITAL.COMより重要なお知らせ*

deathpital および デスピタル は桐山哉明が
2000年に作成した「造語」です。
2002年からはドメインを所得し、現在も継続使用しています。
尚、現在は私が所有する登録商標です。

当方は日本国特許庁長官より認定された当該商標の商標権を有しておりますので、
商業目的でのご利用の際は一声かけていただければと思う次第です。
DEATHPITAL.comとしての著作物の利用規約等のガイドラインをご一読下さい。

当サイトと同タイトルの自費出版本、糞チャラいのとか、
赤十字社に勝手にケンカ売ってるような海外のアトラクションとか
色々ありますが、私は一切携わっておりませんし、まったく無関係で無許可なものです。
何せここ、病院批判や毀損を目的としたサイトでは决してないし、病院ですらないんで。

そういうことで国内海外問わず、近年、類似品や、大量のなりすましが発生しているので、
知財権保護と時代のニッチにあった各々の防衛は何だかんだで必要と判断しております。

まぁネットの世界も価値観も時代もどんどん変わっていく。
良い意味でも悪い意味でも興味深いような気がしますねぇ。

twitterのアカウントは2009年10月までは使用していましたが、海外に乗っとられました。
今年2月に再所得いたしましたので、報告しておきます。
@deathpital_ が現在の私の正式なアカウントです。
現在、鍵を付けていますが、プロフィールより紐解いていけば、近年何が起きてきたか、
何となくご理解頂けると思う所存です。

(2015.08.02 追記・更新しました)

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狼煙

1年間、不謹慎な作風故、喪に服していましたが
姉の一周忌をもって解禁する運びとなりました。

てなことであっちの世界にジェットエンジンを担いで
先にぶっとんでいった姉貴が苦笑いするような
従来通りのトゲのある作風に経験をプラスさせていくような形で
ここを続行しようと决意した今日この頃。
抜いていたトゲトゲを再装填し、後ろは見ず前だけ見て前にむかって
スパイク付きの装甲車の如く突っ走ります。 

この考えに行き着くまで紆余曲折や心の葛藤がありました。
作品で何かしら色々な人達を楽しませたいけど
観てくださる方々にそれを伝えていくためにどう自分はふるまえばいいのか。

いっそ作風を一新して癒し系オンリーな作家に転向だ!!とか、
不思議な事を思いつく時期もありました。
今や「俺にそれオンリーはできるか、アホか!」と一蹴出来ることなんですが
結構真剣に本気で数週間は考えてたものです。

結局の所、一年たって五感がメキメキ戻ってくると
元々あったものに上乗せされただけと気付き
自分にとってはある意味ベストな形でモノ作りの感覚が復元されていたという結果でした。

「喪」が明け、そして表現上の「喪」をも解く狼煙としてこの文章をここに記しておきます。
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STARTを振り返る

我が家には私が幼少の頃より注射器がありました。
洗面台に歯ブラシが置いてあるのと同じようにごく自然に。
幼少期から自分にとって注射器は見慣れたものであり
下手すると鉛筆と同じぐらい親しみがあるものでした。

つか、うちの場合はあって当然なんですね。
私が幼い頃、うちの母親がI型糖尿病を発症したわけで。

糖尿病にはI型、況燭あります。
I型は俗に言う若年性糖尿病と同質のもので
一般的に考えられている糖尿病とは随分と質が異なります。
もちろん遺伝もしません。

うちの母親はI型糖尿病ゆえに体内でインスリンを一切作ることが出来ません。
インスリンを自己注射しないと血糖値は上がりつづけ、命にかかわります。
つまり生命線なんです。注射器とインスリンこそが。

でも外食の時とかは少し子供心に戸惑ってました。
母親にとってインスリンの自己注射は外でも食事前には必須ですから
内情を知らない人から見れば、完全に変な薬打ってる人に見えてたようで、
子供心に母親を見る大人達の突き刺さるような視線に正直な所、腹立ってました。

好奇心やら快楽のために変な薬を自己注射しているアレな人間と
病気でインスリンを打たないと生きていけない人達が一見同じように捉えられる世の理不尽さ。

どうにかして病気の人の自己注射にまで負のイメージが付き纏わないようにならないものか。
外から見りゃ注射器の中身はわからない。むしろそもそも注射器って何だろうか。
そんな積もり積もったモヤモヤ感は注射器が身近だった分、大人になっても心に残り続けました。

丁度2000年頃は医療ものが各種メディアで前面に次々と出てきていたのもあって
タイミング的に自分の中での注射器について考えついた事を絵で表現するには今しかない、と。

それでまずは「人間やめますか」の標語からイメージを膨らませて、元々ゾンビ映画好きだったので
人間ではなくとっくに人間をやめているゾンビの頭に注射器をぶっ刺す絵を描き始めました。
んで、補足的な意味で「頭の注射器がないとこのゾンビはもたない身体」という設定を付随。

結果、モヤモヤからDEATHPITALの鉄板ネタキャラZOMBIENURSEが出来上がったわけです。
まぁ・・・某アークシステム〇ークスの石〇さんよ。
設定そのまんまのABAとかいうクソキャラに丸パクされてしまったのですが。
性格と頭から生えとるもんが違うだけやないかと。


(2011/10/30 撮影)
数年前より、うちのインスリン用の注射器は完全に左上画像のペン型になったので
その頃からシリンジ型(以前の注射器)にあったモヤモヤは完全に無くなっていた。

現在のサイトロゴはその流れの上での名残です。
「完全に自分にとって注射器にまつわるモヤモヤは形骸化(シンボル化)した」意味がメインですが
「ダメ!ゼッタイ!」の意味だけは譲れないので、「スラッシュの入ったドクロマーク」と化してます。



(なんか現行のサイトロゴを使ってる間ずっといいことない時期だったので
また気分を入れ替えるためにも近々、新しいロゴに切り換える予定です。)

んで話は戻りますが、
そんなこんなで自分自身は病気には縁のない健康な子供だったんですが
子供の頃から親と一緒に病院にはよく行っていたので
近所の公園に行くより病院に行く回数の方が多かったんです。
自分にとって病院は日常的な空間。そこに非日常な医療器具が陳列してある。
それがものすごい子供心に不思議さと恐怖と救いが入り混じる場所として刷り込まれました。
大人になってからも病院には縁が多く同時に尊敬のようなものが残り続けていたのもあって
「見せる場所の名」としてDEATHPITALという造語を作ってみたんですね。
んで、当時グーグル検索で0件なのを確かめて以後は当サイト名及びドメイン名として用いるように。

こういうのあんまり言わなかったのは、色々と謎の方が面白いかなと勝手ながら判断してきました。
このサイトがいかにしてに生まれ、DEATHPITALで注射器なのかっていう流れを
これから新しい一歩を踏み出すにあたって正直なトコをドーンっと吐き出しぶっちゃけとく事にします。
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追悼

お医者様方やホスピスの方々には本当にここまで
姉の面倒を見て下さって感謝の言葉しか出ません。
通夜や葬儀に来て下さった姉の友人の方々、
関係者様、本当に有り難う御座いました。


2011年10月14日深夜、私の実の姉が5年強という長い闘病の末、
眠るようにホスピスで息を引き取りました。腎癌でした。


30代前半というあまりにも若すぎる他界、
前々よりこの時がいずれ来ると覚悟はしていたんですが
現実に訪れると辛い。でも死んだ姉の方が今まで辛かったのは確実なんです。
姉は十分なほど頑張っていたので
死によって病気の苦しみからやっと解放されたと考える反面
底抜けに明るく楽しい事好きな姉だったので、心境としては腑に落ちないような気持ちです。
もっと元気で長く生きていたら色々楽しい事も出来てたのになぁと。


複雑な家庭に生まれ、同じ境遇で育った姉、私にとって姉であると同時に人生の戦友でした。
幼少の頃からの思い出も含めて、荒波のような波乱万丈な人生を共有できる存在でした。
実際の話言うと、人生でここまで強裂な喪失感や悲しさを感じたのは初めてのことです。


残されたものしか出来ない事、生きている人間にしか出来ない事がある。
そういったものの本質的な意味を噛み締めて歩いていきたいと思っています。
ここからは俺が少しでも姉のできなかった事や託された夢も一緒にひっさげて
あいつの分も俺が幸せになり、立派に生きていく、これが俺ができる最大の姉への供養です。
もう少し気持ちが落ち着いたら再度動き出します。
生きてたらどんな辛いことですら乗り越えられると、信じて生きていきます。
 
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posted by Kaname Kiriyama/桐山哉明 03:59 |-|trackbacks(0)